GAME SOMMELIER

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dot shi's Award 2013

作家がよく受ける「どのように書くのか」という質問に対し、モダン・ホラーの巨匠、スティーブン・キングはこう答えた。「一度に一語ずつ」。一瞬なにかのジョークなのかと考えてしまうが、これは一語ずつの積み重ね、物書きはひたすら机に向かい言葉を生み出していくしかないという意味だ。私がブログを始めて数年になるが、自分の感じたことを言葉にして表現するのは難しい。あらためてそう思う。ブログを始める前や中断していた時期は、「私ならこう書くのに」「ここはこっちの表現のがいいな」といったことを考えるのだが、いざ自分がとなると案外書けないものだ。それはサッカー中継を見ていて「もっと走れよ!」「なんでそこで失敗すんの」と思うのと同じかもしれない。当事者にしか分からない苦悩がある。でも私は書くことが好きで、ブログのおかげでもっと好きになった。的確な表現を探すのは、ジグソーパズルで形の合うものを選ぶようなもので、ピースがはまったときは最高に嬉しい(あとで嫌になって直すこともあるけど)。リニューアルしてからまだ何本かしか書いていないけど、来年はもう少しペースアップしていけたらと思う。そういうわけで、来年をよりよきものにするために、2013年を振り返ってみよう。


2013年の栄えあるゲーム・オブ・ザ・イヤーに輝いたのは『Grand Theft Auto V』だった。これについて皆さんはどう思うだろう。実際にプレイしてみれば、わずかな異論さえも完全になくなるはずだ。この作品は採掘場で働く巨大ダンプカーのようなもので、他はせいぜい道路工事のショベルカー。街の作り込み、ストーリー、ボリューム、その他すべての面において質/量ともに他を圧倒している。私ももちろん納得であるが、一方で『The Last of Us』も捨てがたい。実は未プレイなのだが、“次やるリスト”のなかでは筆頭。PS4発売までの2ヶ月でなにがなんでもプレイする!
今年プレイした大作といえば『Tomb Raider』だけど、私の中では佳作止まりだった。たしかに面白いんだけど、卒なくまとめられているという感じで、心に響くものはなかった。


この他にも2013年にはたくさんの作品が発売され、勢いはさらに増している。次世代機発売がひかえているにもかかわらず、だ。まるでロックバンドのライヴ、それもアンコールのときのようなハイテンションで次世代機に引導を渡せるとは!ライヴは明日以降も続くようである。『Metro: Last Light』『Beyond: Two Souls』『The Walking Dead』は確実にプレイしたいし、ウィッシュリストに長いこと名を連ねている『Dishonored』『Borderlands2』『Kingdoms of Amalur: Reckoning』もそろそろ始めたい。
さて、年末恒例、dot shi's Awardの発表といこう。『Mirror's Edge』(09)、『Alan Wake』(10)、『Mafia2』(11)、『L.A.Noire』(12)と選出してきた風変わりなアワードも5年目を迎えた。恐縮だが、今年はエンディングまで行き着いたタイトルが少なく、選考対象はかなり限られてしまっている。そのため『GTA5』や『Bioshock: Infinite』、『Deus Ex: Human Revolution』は翌年のアワードを争うこととなった。


3rd Assassin's Creed 2
フィクションに史実が絡むとがぜん面白くなる。それが古代文明の謎だったり戦争の裏話であったりするのだが、『Assassin's Creed 2』はルネサンス期のイタリアを舞台に選んだ。サン・マルコ広場やリアルト橋といったランドマークから、パッツィやメディチといった実在の人物たちが街に命を吹き込む。そのなかでも好人物のレオナルド・ダ・ヴィンチは必見だ(このおかげで私のダ・ヴィンチのイメージは固まってしまった)。においまで感じられそうなほど緻密に再現されたイタリアは、ただ歩くだけでも楽しめる。至高のタイム・トラベルだ。


2nd Call of Juarez: Gunslinger
いわゆるバレットタイムや『Red Dead Redemption』でいうところのデッド・アイによるスピーディなゲーム展開が、忘れかけていた攻略という感覚を呼び起こす。ユーモアたっぷりの会話と演出は、ストーリーを軽快なコメディのようにテンポのいいものにしている。本編以外のモードも用意されていてボリュームは十分。本作により配信タイトルに求められる水準は間違いなく上がった。


1st FarCry3
この作品をプレイしたとき、実際のところ私のなかでGOTYレースは終わっていた。興奮がいっぱい詰まったオープンワールドと、次第に狂気がシンクロしていくストーリーは、これまでにないゲーム体験だった。この先、私のオールタイム・ベストにも間違いなく挙がると断言しよう。








2013.12.30 | Comment(4)
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ゲームについて語るときに私の語ること

レオナルド・ダ・ヴィンチが生きた頃、イタリアは華々しき芸術の時代、ルネサンスを迎えていた。ルネサンス以前、芸術とは詩と音楽のみを指したが、文化の開花は絵画や彫刻もその価値を認めるようになり、モナ・リザやダヴィデ像といった数々の傑作を生み出していく。それまでガラス細工や製靴といった職人技の域を出なかったものが、信仰や歴史を表現する高邁な営みに昇華したのだ。

いま、ゲームにおいてもルネサンスのような勢いのある変化が起きている。プレイ人口は増え、ハードはハイスペック化し、開発のハードルは下がってる。こうした環境においては、実に多種多様な作品が生まれる。ゲーム文化の成熟によって、ゲームは銃や剣で敵を倒すだけのものから脱皮しつつあるのだ。

むろんゲームが芸術とは思わない。しかし少なくとも真摯な批評に耐えうることは確かだ。ところがNaughty Dogのニール・ドラックマンの「ゲームやゲームの物語に対する批評も洗練されていくことを望んでいる」という発言[*]の通り、ゲームの批評というものはまだ育っていない。
先日のことだが、Newsweek誌のGTA5の記事にはひどくがっかりした。政治的なトピックには素晴らしい論考と視座を与えてくれるのだが、畑違いのゲームのレビューは的外れなことばかり。レビューは銃で撃つのが爽快だとか、全能感を得られると言った内容なのだが、ゲーマーならば本質がまったく理解されていないことはすぐ分かるだろう。そもそもGTA5は一人称視点じゃないしね!

そういうわけで、私が書くとしたら映画、音楽から、歴史、文学に至るまで、さまざまな要素をミックスした批評にしたい。あらゆるジャンルを横断的に扱ってその価値を確認し、作品への返答になればと思う。

かつて写真家エドワード・スタイケンは「ルーブルで見るから芸術なんだ。ヴォーグをルーブルにしよう」と宣言し、ファッション誌ヴォーグを世界的な雑誌に育て上げた。彼の写真はまるで芸術のように美しく、単なるファッション・スナップではなく一つの作品のようだった。額はしばしば収まるものの価値を高めるのだ。それと同じように、私もゲームにふさわしい額の役割を果たしたい。ゲームノソムリエをルーヴルにしたいのだ。
2013.11.10 | Comment(2)
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